・・・ とても 個人的な profile ・・・
| 岡田彫金工房の前身は、1986年 兵庫県飾磨郡夢前町に始めた
『工房 ブロンズ』 です。庭の一角に据えた
ささやかな小屋のことです。 ここで毎日、夜中や日曜日に 色々な作りたいものを 好きなように作っていました。 木彫、石彫、鋳金、鍛金、彫金、テラコッタ、ガラス など、興味のあることをできる範囲で色々様々に触りました。 小学1年生の絵の時間、授業中に 自分の描いた1本のクレヨンの線が非常に気に入って、初めて 自分は絵が好きなんだ と認識しました。 小学生の頃は、近くの山へ水晶や黄銅鉱を掘りに行ったり、5寸釘を 大きな石でガンガン叩き潰してナイフを作ったり、竹を割って弓と矢を作ったり、自分は大工さんになりたいと思ったりしていました。 中学2年の美術の授業中、突然、彫刻をしたい という思いが湧きました。教科書に載っているブロンズ彫刻に魅惑されてしまったのです。 彫刻をしたい、でもそのことは 一度口外しただけで、28歳まで殆んど口にしたことはありませんでした。 最短距離を効率よく ―― なぜか昔はこれが一番嫌いだったのです。 遠回りして一番下から頂上へ ―― 10代は なぜかこんなことに価値を置いていました。 15歳の時は、レタリングに凝っていました。 16歳の頃は銀塩写真の現像と焼付けに凝っていました。 19歳の頃は石膏で彫刻を作っていました。 20歳の頃は水彩画を描いていました。 23歳の頃は木炭デッサンや油絵を描いていました。 25歳の時に、ジュエリーメイキングに出合いました。 勝手に作ってみると 作れるのです。 誰かに付いてもらっての修行は 約1週間です。プラチナ指輪のサイズ直しを教わりました。 一人で本気で 我流で作り始めて1年あまり過ぎると、経験10年の職人さんが作ることができないというデザインのジュエリーが 作れてしまうのです。 なぜそんなことができたのかは分かりません。 ただ、可能な限りの長時間 頭の中で繰り返し繰り返し それを作るために 加工したり壊したりのシミュレーションをしていたことは確かです。 20代後半は、宝石にのめりこみ、貴金属と対話し、空いた時間には小さな木に人物彫刻をしたり、蝋に彫刻したりしていました。 30歳を過ぎる頃、山の中で青い空を見上げて 流れていく雲を目で追いかけている時、 さあそろそろ始めようかな、と 何かに対する漠然とした思いが湧いてきたのです。 そして、不思議ですが 生まれて以来の身に付いているものなのか、姫路城を眺めている時間があることが 一番気持ちの落ち着くことに気付いたのです。 大勢の方々が親切にしてくださり、いろいろと力になってくださいました。 自分の人生を聞かせてくださった方や、進む道をアドバイスして下さった方、自分の方へ引き寄せてくださった方や、いつも誉めてくださる方、珍しい金属を提供してくださった方や、場所を提供してくださった方、外国へ行く段取りをすべて手配してくださった方や、注文をくださる方、定期的に遊びに訪れてくださる方や、素晴らしい人を紹介してくださった方。 感謝しています。 対外的な事にはあまり時間を割けていないのですが、半どん播磨の会 という芸術文化団体に誘っていただいたり、姫路美術協会運営委員の末席を汚していたり、あすなろ教室 の講師をさせていただいたり、いろいろと身の縮む思いがします。 様々なものをつくってきて ずいぶん長い日が過ぎましたが、気持ちは10代の頃とあまり変わっていないのです。 とても単純で恐縮なのですが、あの14歳の時の思いは ジュエリーをつくる25歳のところまで続き、それが今も続いているのです。 “ つくりたい ” という気分がエネルギー源です。 これからしたいことがいくつか有ります。また 口にしないまま ボチボチに 前向き上向きに 時間を過ごしていきたいと思っています。 |